最低賃金が上がり続ける時代に採用設計はどう変わるべきか
2026年8月31日

●最低賃金が上がる。では、時給を直せば対応は終わりなのか
先日「岐阜県最低賃金改定のお知らせ」という記事を投稿しました。https://www.katawara.co.jp/blog/information0005
最低賃金が改定されれば、企業がまずやらなければならないことは明確です。
現在働いているスタッフの賃金を確認する。求人媒体に掲載している時給を見直す。人件費への影響を試算する。当然、どれも必要な対応です。
ただ、採用支援に携わる立場から見ると、最低賃金の改定を「時給を修正するイベント」だけで終わらせるのは、少しもったいないと感じています。
なぜなら、最低賃金が上がるということは、自社だけではなく地域の多くの企業の賃金水準が同時に動くということだからです。
最低賃金の上昇は、採用市場における「選ばれる基準」が変わるタイミングでもあります。
今回は、最低賃金が上がり続ける時代に中小企業の採用設計をどう変えていくべきかを考えてみたいと思います。
●今年だけの話ではない
2026年度の最低賃金について、厚生労働省の中央最低賃金審議会が2026年7月28日に示した目安によると、目安どおりに改定された場合、全国加重平均は1,176円となります。
前年度の1,121円から55円、率にして4.9%の引き上げです。(出典:厚生労働省 令和8年度地域別最低賃金改定の目安について https://www.mhlw.go.jp)
前年度より引き上げ幅は縮小したものの、依然として高い水準が続いています。
そして重要なのは、これを「今年だけの大幅な引き上げ」と捉えないことです。
政府は2026年6月の骨太の方針において、「全国平均1,500円」の達成時期を「遅くとも2030年代前半のできる限り早期に」と明記しました。従来の「2020年代達成」から事実上先送りされた形ですが、引き上げ基調そのものは続いていきます。
つまり企業側は「最低賃金はこれからも上がる」という前提で経営や採用を考える必要があります。
今年の最低賃金に対応して終わりではありません。来年も、その翌年も、人件費は変わっていく可能性が高い。だからこそ、毎年「今年はいくらにするか」を考えるだけではなく、賃金水準が上昇し続けても成立する採用のあり方を考える必要があります。
●最低賃金への対応は、もちろん必要
その前提として、法令への対応は当然必要です。
最低賃金が改定されたら、まず確認したいことがあります。
現在雇用しているスタッフの賃金が改定後の最低賃金を下回っていないか。求人媒体や自社採用サイトに古い時給が残っていないか。最低賃金の上昇によって総人件費がどの程度増えるのか。そして、近隣企業や採用競合の賃金水準がどのように動いているのか。
特に採用では最低賃金をクリアしているかとその条件で人が採れるかは別の問題です。
法律上は問題のない時給であっても、周辺企業がそれ以上の条件を提示していれば求職者から選ばれない可能性があります。
最低賃金はあくまで最低ライン。採用市場では、その上で競争が起きています。
だからこそ、法令対応と採用戦略を分けて考える必要があります。
●最低賃金が上がるほど「時給」の差別化力は弱くなる
ここからが、今回最もお伝えしたいことです。
最低賃金が上がると、多くの企業が一斉に時給を引き上げます。
例えば、これまで1,070円、1,080円、1,100円だった求人があったとします。最低賃金が引き上げられれば、それぞれの企業が新しい最低ラインを超えるように時給を見直します。
すると求職者から見た際には「どこも似たような時給」という状態が生まれます。
もちろん100円、200円と大きな差をつけられる企業は別です。しかし、多くの中小企業が最低賃金付近で採用している場合、最低賃金そのものが上昇するほど、「最低賃金より少し高い」ということの採用上の価値は相対的に小さくなっていきます。
これは、採用において非常に重要な変化だと思っています。
時給だけで違いが分からなくなった時、求職者は何を見るでしょうか。
勤務時間、シフトの柔軟性、通勤のしやすさ、仕事内容、一緒に働く人、職場の雰囲気、仕事を通じて得られる経験など「条件」以外の情報を比較し始めます。
最低賃金の上昇は、単なる人件費の上昇ではありません。採用における「差別化軸の変化」でもあると考えています。
●時給競争は中小企業にとって不利な戦い
では、時給をさらに上げればいいのでしょうか。
もちろん、事業として可能なのであれば、賃金を上げること自体は重要です。
ただし、「他社より高い時給を出し続けること」を採用戦略の中心にすると、中小企業にとっては厳しい競争になります。
大手企業や資本力のある企業は、より高い賃金を提示できます。こちらが50円上げれば、競合が100円上げるかもしれない。こちらが100円上げれば、さらに別の会社が上げるかもしれない。時給だけで競争すると、採用は体力勝負になります。
以前の記事でも書きましたが、賃金は重要な条件である一方、それだけで「この会社で働きたい」という理由をつくることは難しい。
参考:『賃金を上げれば解決する』と思っていませんか? (https://www.katawara.co.jp/blog/message0026)
だから中小企業に必要なのは、「いくら払うか」だけではなく、「その賃金で、どんな働く価値を提供するのか」を考えることです。
●「賃金以外の魅力を探す」だけでは足りない
ここで、「では、うちの魅力を求人票に書こう」と考えるかもしれません。もちろん、それも必要です。
ただ、私はもう一段手前から考えた方がいいと思っています。
問うべきなのは「うちの魅力は何か」だけではありません。
「この仕事そのものを、今の賃金水準でも選ばれる仕事として設計できているか」という問いです。
例えば、これまで「9時から17時まで働ける人」としていた仕事を、本当に7時間勤務でなければ成立しないのか考えてみる。仕事を分解すれば、「9時から13時」「13時から17時」という働き方をつくれるかもしれません。
一人に任せていた業務を分解すれば、経験者しかできない仕事と、未経験者でもできる仕事を分けられるかもしれません。週5日勤務を前提としていた仕事でも、本当にすべての業務で週5日が必要なのかを見直せるかもしれません。
つまり、仕事を分解する、ターゲットを見直す、働き方を設計する、処遇を決める、その価値を求人で伝える。ここまで含めて「採用設計」です。
最低賃金が上がるたびに時給欄だけを書き換えるのではなく、仕事そのものの設計を見直す機会にする。これからの中小企業には、この視点が必要だと思っています。
●「誰と競合しているのか」も変わる
もう一つ、最低賃金の上昇によって見直したいのが「採用競合」です。
採用における競合は、必ずしも同業他社ではありません。
例えば、飲食店のパートを探している人が比較しているのは、隣の飲食店だけとは限りません。スーパーかもしれない。ドラッグストアかもしれない。工場の軽作業かもしれない。介護施設かもしれない。スポットワークかもしれない。
求職者からすれば、「どの業界で働くか」よりも、「自分の希望する時間で働けるか」「自宅から通えるか」「自分にもできそうか」「時給はいくらか」といった条件で仕事を横断的に比較していることがあります。
最低賃金が上がり、各社が条件を見直すタイミングでは、この競争関係も変化します。
だからこそ、同業他社はいくら出しているかだけを見るのではなく、自社が採りたい人は、他にどんな仕事を選べるのかを見る。これが採用における競合分析です。
●既存スタッフにも目を向ける
最低賃金の引き上げは、新しく採用する人だけの問題ではありません。
むしろ注意したいのは、今働いている人です。
最低賃金が上がり、周辺企業の求人時給も上がれば、既存スタッフもその情報を目にします。これまで時給に大きな不満がなかった人でも、近くの会社はもっと高い、同じくらいの仕事なら、こちらの方が条件がいいと気づく可能性があります。
ここで重要になるのが、「なぜ私はこの会社で働き続けるのか」という理由です。
人間関係がいい。シフトの融通が利く。自分のことを理解してくれている。仕事に慣れていて働きやすい。成長を感じられる。自分が必要とされている。
こうしたものは、求人票の時給欄には書き切れません。しかし定着には大きく影響します。
採用と定着は別々の問題ではありません。「なぜこの会社に応募するのか」と「なぜこの会社で働き続けるのか」は、一本の線でつながっています。
最低賃金の改定をきっかけに、既存スタッフが自社で働き続ける理由も、一度考えてみてほしいと思います。
●毎年「時給を直す会社」から「選ばれる理由をつくる会社」へ
最低賃金は、これからも上昇していく可能性があります。
だからこそ、毎年同じことを繰り返す採用から抜け出す必要があります。
最低賃金が発表される。時給を修正する。求人を出す。応募が来ない。さらに時給を上げる。広告費を増やす。
このサイクルを続ければ、採用コストは上がり続けます。
必要なのは、「賃金が上がっても、選ばれ続ける会社」をつくることです。
そのためには、自社がどんな人に来てほしいのかを明確にする。その人にとって、自社で働くことにどんな価値があるのかを考える。必要であれば、仕事そのものや働き方を見直す。そして、それを求人票や採用サイト、SNS、面接などを通じて、一貫して伝えていく。
これは求人広告のテクニックではありません。経営として「どんな働く場をつくるのか」という問いです。
●最低賃金改定を「採用を見直す日」にする
最低賃金の引き上げを、企業にとって避けられないコスト増と捉えることもできます。それ自体は間違いではありません。
しかし、別の見方もできます。
最低賃金改定は、自社の採用を定期的に見直すタイミングでもある。
給与水準は適切か。仕事内容は今のままでいいか。働き方に無理はないか。採りたい人は変わっていないか。採用競合は変わっていないか。求人で伝えている内容は、今の求職者に届いているか。そして、自社には「ここで働く理由」があるか。
最低賃金の改定をきっかけに、これらを毎年見直す。そう考えれば、最低賃金への対応は単なる「時給の修正」ではなく、採用力をアップデートする機会になります。
●最後に
最低賃金が上がり続ける時代に問われるのは「いくら払うか」だけではありません。
「その賃金で、どんな働く価値を提供するのか」です。
賃金はこれからも上がります。他社の賃金も上がります。だからこそ、毎年いくら上げるかだけを考える会社ではなく、賃金が上がっても選ばれ続ける理由を持つ会社をつくる。
最低賃金の改定は、その採用設計を見直すタイミングなのだと思います。
あなたの会社には、時給以外に「ここで働く理由」がありますか?
※本記事は、採用設計の観点から最低賃金改定について考察したものです。最低賃金の適用判断、給与計算、就業規則等の具体的な労務対応については、社会保険労務士等の専門家にご確認ください。最新の最低賃金については、厚生労働省および各都道府県労働局の公表情報をご確認ください。(厚生労働省:https://www.mhlw.go.jp)
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株式会社Katawaraは、「採用で、経営を変える」をテーマに採用支援を行っています。
最低賃金改定を機に時給だけを見直すのではなく、「誰を採るのか」「どんな働き方をつくるのか」「なぜ自社が選ばれるのか」まで含めて採用を再設計する。そうした採用の土台づくりから、経営者の皆さまと一緒に考えることも、私たちの支援の一つです。
