人件費が上がる時代、「人の価値」は上がっていますか?
― 居酒屋の倒産増加から考える、これからの採用と仕事の設計
2026年10月7日

居酒屋の倒産が増えています。
東京商工リサーチの調査によると、2026年1〜9月の「居酒屋」倒産は167件。前年同期比32.5%増となり、同期間としては1989年以降で最多となりました。特に従業員5人未満の小規模事業者が151件と、全体の9割を占めています。(出典:東京商工リサーチ https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1203298_1527.html)
背景にあるのは、単純に景気が悪いという話だけではなさそうです。食材や酒類の価格上昇、光熱費や家賃などのコスト増、最低賃金の上昇をはじめとした人件費負担増、人手不足、そして、消費者の生活様式や外食に求める価値の変化、複数の変化が同時に進んでいると思われます。
特に小規模な飲食店にとって、「安さ」だけで競争し続けることは、これまで以上に難しくなっていくのではないでしょうか。
では、価格以外で選ばれるためには何が必要なのか。このニュースを見ながら考えたのは、飲食店経営そのものよりも、むしろ「人の価値」についてでした。
人件費が上がり続けるのであれば、企業は「いくらでその人を雇うか」だけではなく、「その人に、どんな価値を生み出してもらうのか」まで考える必要があるのだと思います。
●人件費が上がる。だから、人を減らす?
最低賃金が上がる。採用時給も上げなければならない。既存社員との賃金バランスも見直す必要がある。企業にとって、人件費負担が大きくなっていることは間違いありません。
「できるだけ少ない人数で運営したい」という考え方も当然出てくるでしょう。
飲食店であれば、モバイルオーダー、セルフレジ、配膳ロボット、予約システム、AIによる問い合わせ対応など、実際にさまざまな省人化・効率化が進んでいます。
人がやらなくてもいい仕事をテクノロジーに任せる。単純作業を減らす。少ない人数でも運営できるようにする。人手不足の時代には、むしろ必要な取り組みですので、この方向自体が間違っているとは思いません。
ただ、一つ気になることがあります。
省人化を「人を減らすこと」として終わらせた会社と、「人の時間を価値ある仕事へ移すこと」として設計した会社では、これから大きな差が生まれると思っています。効率化した先で、人には何をしてもらうのでしょうか。
●「人を減らす」と「人の仕事を変える」は違う
例えば、小さな居酒屋を考えてみます。
注文はQRコード、料理はタブレットから注文、配膳は一部ロボット、会計はセルフレジ。こうした仕組みを導入すれば、これまで人が行っていた仕事の一部は減らせます。
そこで、残ったスタッフには何を任せるのか。
注文を取る必要がなくなった分、初めて来店したお客様へ料理を説明する。好みを聞いておすすめを提案する。常連のお客様を覚える。料理やお酒の背景を伝える。お客様同士が過ごしやすい空気をつくる。SNSで店の魅力を発信する。「また来たい」と思ってもらえる体験をつくる。そんな仕事に時間を使えるかもしれません。
つまり、省人化によって「人を減らす」のではなく「人にしかできない仕事へ、人の時間を移す」という考え方です。この違いはかなり大きいと思っています。
●「安さ」で勝負できないなら、何で選ばれるのか
居酒屋に限らず、原材料費、人件費、物流費など、さまざまなコストが上昇しています。企業努力だけで吸収し続けることには限界があります。だから価格を上げる。しかし、価格を上げれば消費者は「その価格を払ってまで、この店を選ぶ理由は何か」をこれまで以上に考えるようになるでしょう。
料理がおいしい。ここでしか食べられない。雰囲気がいい。スタッフとの会話が楽しい。自分の好みを分かってくれている。友人を連れて行きたくなる。店の考え方に共感する。こうした価格以外の価値が、より重要になるはずです。
そして、その中には「人によって生み出される価値」が少なくありません。
だとすれば、人件費が上がった時に考えるべきことは「どうすれば人件費を抑えられるか」だけではないはずです。「人が生み出す価値を、どうすれば上げられるか」という問いが必要になります。
●「人件費が高い」の前に、任せている仕事を見てみる
例えば、時給1,100円だった仕事が1,300円になったとします。企業から見れば「同じ仕事なのに、人件費だけ上がった」と感じるかもしれません。でも、ここで一度立ち止まって考えてみたい。
本当に、同じ仕事をさせ続ける必要があるのでしょうか。
注文を聞く、料理を運ぶ、皿を下げる、会計をする、という仕事の多くが機械やシステムへ移せるのであれば、人に任せる仕事そのものを変えることができます。お客様を理解する、提案する、関係をつくる、店の魅力を伝える、改善を考える、新人を育てる。こうした仕事へ役割を広げる。
つまり、賃金だけが上がるのではなく、仕事の価値も上げるという発想です。
●これは飲食業だけの話ではない
同じことは製造業でも起きています。機械に材料をセットする、ボタンを押す、完成品を箱に入れるという作業だけを考えれば、自動化との競争になります。
しかし、品質異常に気づく、不良の原因を考える、工程改善を提案する、後輩へ仕事を教える、前後工程と調整する、設備の変化を察知する、まで役割を広げれば、人が担う仕事の価値は変わります。
営業でも同じです。商品のスペックを説明する、見積書をつくる、資料を送る、こうした仕事の多くは、これからAIによって効率化されていくでしょう。
その一方で、顧客自身も言葉にできていない課題を引き出す、背景を理解する、社内の人を巻き込む、新しい提案を考える、顧客との信頼関係をつくる、といった仕事の価値は、むしろ高まる可能性があります。
テクノロジーによって「人の仕事」がなくなるというより、人に任せるべき仕事の中身が変わっていく。そのように捉えています。
●「省人化」と「人の価値向上」は、反対ではない
省人化というと「人を大切にしない」ように聞こえることがあります。反対に「人を大切にする会社だから、人がやる」という考え方もあります。でも、この二つは必ずしも対立しません。
むしろ、人がやらなくてもいい仕事を減らすことによって、人にしかできない仕事へ集中できる、とも考えられます。
注文入力に使っていた時間を、お客様との会話に使う。転記作業に使っていた時間を、改善活動に使う。求人応募者への定型メール作成に使っていた時間を、候補者との対話に使う。
AIやDXの目的を「人を減らすこと」だけに置くのではなく、「人の時間を、より価値の高い仕事へ移すこと」と考える。それらは、これからの仕事設計で非常に重要になると思います。
●人の仕事を変えるなら「採用する人」も変わる
ここからは採用の話です。仕事の役割が変われば、当然、採用基準も変わります。
居酒屋スタッフに求める仕事が「注文を取って、料理を運ぶ」だけなら、正確にオペレーションをこなせることが重要です。でも、「お客様の好みを理解し、店の魅力を伝え、また来たいと思う体験をつくる」ところまで求めるなら、必要な力は変わります。相手に関心を持つ力、会話する力、観察する力、提案する力、自分で考える力、店の考え方を理解して伝える力が重要になるかもしれません。
すると、仕事の設計→求める役割→採用基準→採用ターゲット→求人原稿→面接まで、すべて変わります。採用基準だけを変えるのではありません。その前にある「そもそも、人にどんな仕事を任せるのか」から考える必要があります。
●「時給を上げたのに応募が来ない」の先を考える
最低賃金が上がると、採用現場ではまず時給を見直します。競合より低ければ、応募先として検討してもらうこと自体が難しくなる場合もあります。
でも、周囲の会社も同じように賃金を上げれば、賃金だけでの差別化は難しくなります。
以前の記事でも書きましたが、最低賃金が上がり続ける時代には、「いくら払うか」だけではなく、「その賃金で、どんな働く価値を提供するのか」が問われるようになります。
参考:https://www.katawara.co.jp/blog/message0047
さらに今回考えたいのは、企業側から見た反対方向です。「その賃金を払って、どんな価値を生み出してもらうのか。」つまり、求職者にとっての仕事の価値と、企業にとっての人の価値、その両方を見直す必要があるということです。
●「人件費」をコストだけで見ない
会計上、人件費は費用です。ただ、採用や組織づくりまで「コスト」という言葉だけで考えてしまうと、見えなくなるものがあります。
例えば時給1,300円のスタッフが、お客様の満足度を高める、再来店につなげる、客単価を上げる提案をする、新人を育てる、業務改善を行う、SNSを通じて新しいお客様との接点をつくる、のであれば、その人が会社にもたらしているものは、単純な「1時間1,300円の労働」ではありません。
だからといって、すべての社員に売上責任を持たせればいいという話でもありません。考えたいのは、その仕事は会社や顧客にどんな価値を生み出しているのか、ということです。それを言語化できれば、「なぜこの仕事に、この賃金を払うのか」「なぜこの人を採用するのか」「この人に何を期待しているのか」も明確になるのではないでしょうか。
●ただし「人件費が上がったから仕事を増やす」ではない
ただし、人件費が上がった。だから今までより多くの仕事をやってもらおう。これは単なる負荷の増加です。接客もして、SNSもやって、新人教育もして、改善提案もして、でも人数は減らします、では現場が疲弊するだけですので注意が必要です。
必要なのは、仕事を足すことではなく、仕事を入れ替えることです。やめる仕事を決める。機械に任せる仕事を決める。外部へ任せる仕事を決める。簡素化する仕事を決める。そして、人に残す仕事を決める。この順番が重要です。
人の価値を上げるとは、一人にたくさん働いてもらうことではなく、その人の時間を、より価値の高い仕事へ配分することだと思います。
●人件費の上昇は「仕事」を見直す機会
最低賃金、社会保険、原材料費、エネルギー価格、採用コスト。企業を取り巻くコスト環境は厳しくなっています。もちろん、経営としてコスト削減は必要です。
しかし、人件費が上がるたびに「高くなった」「採れなくなった」「人を減らさなければ」だけで終わってしまえば、毎年同じ問題に直面します。
むしろ、この変化を、「人に何を任せる会社なのか」を見直す機会として捉えてみる。
仕事を分解する。機械に任せられる仕事を見つける。人にしかできない仕事を考える。その仕事に必要な能力を定義する。その人が活躍できる環境をつくる。そして、その仕事の価値を求人で伝える。
ここまでつながれば、人件費の問題は、採用の問題であり、仕事設計の問題であり、経営の問題でもあることが見えてくるのではないかと思います。
●最後に
人件費が上がることは企業にとって厳しい話です。だから、効率化する。省人化する。AIを使う。DXを進める。それらは必要なことだと思います。
しかし、その先でもう一つ考えたい。「では、残った人の時間を何に使うのか。」
人がやらなくてもいい仕事を減らす。その分、人にしか生み出せない価値へ時間を使う。人が担う仕事が変われば、求める人も変わる。求める人が変われば、採用基準も変わる。採用基準が変われば、求人原稿も面接も変わる。
だから、人件費が上がるなら、「人の仕事」も変えなければならない。
そしてもう一つ。人件費が上がる時代に企業が考えるべきなのは、「この人はいくらかかるのか」だけではなく、「この人が活躍することで、どんな価値を生み出せる会社にするのか」ではないでしょうか。
人件費が上がる時代。あなたの会社では、人の価値も上がっていますか?
この問いから仕事を見直すことも、これからの採用設計の一つだと考えています。
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株式会社Katawaraは、「採用で、経営を変える」をテーマに採用支援を行っています。
「人件費が上がっているのに採用がうまくいかない」「どんな人を採ればいいのか分からない」という段階からでも、仕事の設計・採用基準の言語化・求人原稿の見直しまで、経営者の皆さまと一緒に考えることが私たちの支援の一つです。お気軽にご相談ください。
