相手に翻訳させない人
2026年10月10日

「この技術はすごいですね」「そんなことまでできるんですか」
お客様が感心してくれて、質問も出る。反応も悪くない。営業はうれしくなって、機能や最新技術の説明を重ねます。
ところが商談が終わってみると、なぜか検討は進まない。
「興味は持っていただけたのですが……」
商品に感心してもらうことと、今それを導入する理由が生まれることは、別の話です。
この差を考えるときに使いたい言葉が、「コミュニケーションコスト」です。
コミュニケーションコストとは
今回は、営業におけるコミュニケーションコストを次のように考えます。
顧客が営業の説明を理解し、自分の課題に置き換え、導入の価値を判断するまでに必要な認知的な負担。
説明が長い、専門用語が多い、といった話だけではありません。「この話は自分の仕事にどう関係するのか」を考える作業も、お客様の側のコストです。
説明と価値提案とでは、顧客の負担が違う
業務管理システムを提案する場面で考えます。
「最新のAI技術を搭載しており、データの自動分類や集計、分析まで行えます」
これは商品説明です。何ができるのかを伝えています。
「毎月の集計作業に半日ほどかかっていると伺いました。この作業の一部を自動化できる可能性があります。浮いた時間を、本来注力したい顧客対応に回せるかもしれません」
これは価値提案です。
前者は、お客様が「これは自社のどの業務に使えるのか」を自分で考えなければなりません。後者は、その置き換えを営業が先に済ませています。
つまり、説明は商品を起点にし、価値提案は顧客を起点にします。そして、顧客に残る負担の大きさが違います。
顧客に「翻訳」させていないか
説明中心の商談では、お客様の頭の中でこんな翻訳が行われています。
専門用語を、自分の言葉に直す
機能を、自社の業務に置き換える
導入後の変化を、想像する
説明の中から、自分にとって大事な部分を選び出す
本来、営業が一緒に整理できたはずのことを、お客様が一人で担っているわけです。
売れたのは、顧客ががんばってくれたからかもしれない
ここで少し厳しい問いを立てます。
商品知識が豊富、説明も流暢、商談の反応も良く、契約にも至った。一見すると優秀な営業に見えます。
でも、そのお客様が課題を明確に認識していて、自社への効果も自分で判断できる人だったらどうでしょうか。営業が機能を説明するだけで、お客様は頭の中で「これならあの業務に使える」「費用に見合いそうだ」と翻訳してくれます。
営業が価値を伝えたのではなく、お客様が自分で価値を見つけてくれたのかもしれません。
契約が取れたことは成果です。ただ、お客様が理解してくれたことを、自分が伝えられたことだと勘違いしてしまうのは危険です。 お客様が変わると、同じ説明が通用しなくなるからです。
営業だけの話ではない
この構造は、営業以外の場面にも当てはまります。
マネジメントなら、例えば「今期は売上120%を目指す。各自、意識して動いてほしい」という一言。
メンバーは「それは自分の担当で、何をどう変えることなのか」を自分で翻訳しなければなりません。上手に翻訳できるメンバーだけが動き、できないメンバーは動けない。それをメンバーの力量の差と見てしまうのは、少しもったいないと思います。
日常の会話でも、「あの件、よろしくお願いします」で、相手が「どの件の、どこまで、いつまでに」を推測するなら、そこにも見えないコストが発生しています。
話し手が少し整理して伝えれば、減らせたはずの負担です。
考えさせないことが正解ではない
誤解のないようにお伝えすると、翻訳させないとは”相手に何も考えさせない”という意味ではありません。何を選ぶかは、最後は相手が決めることです。
営業の役割は、判断を代行することではなく、判断するための余計な負担を減らすことだと思います。相手の状況を聞き、仮説を立てて確認し、役に立つならその理由を示す。役に立たないなら、それも伝える。
技術を語るな、相手の現場を語れ
技術や商品が複雑になるほど、相手が自分の仕事に置き換える難易度は上がります。だからこそ、伝える側の「翻訳」の役割は大きくなっています。
相手がどんな仕事をしていて、どこに時間がかかり、何に困っていて、何を変えたくないのか。そこを理解しないまま語る技術は、相手に届きません。
相手に翻訳させない人とは、誰よりも詳しく説明できる人ではなく、相手が自分の仕事に置き換えて理解できるように伝えられる人なのだと思います。
あなたの説明で、価値を翻訳しているのは誰ですか。
あなたでしょうか。それとも、相手でしょうか。
一度振り返ってみると良いと思います。
