「106万円の壁」がなくなる。あなたの会社のパート採用は、どう変わりますか?
2026年8月16日

●「扶養の範囲内で働きたい」が変わろうとしている
採用の現場で、こんな希望をよく聞きます。
「扶養の範囲内で働きたいんです。」
「106万円を超えないようにシフトを調整してほしくて。」
パート・アルバイトの採用を行っている企業であれば、一度は聞いたことがあるはずです。
この「106万円の壁」が、2026年10月をめどに変わります。
採用に直接影響するこの改正について、まず正確に把握した上で、採用設計への影響を考えてみたいと思います。
●何が変わるのか正確に整理する
まず事実を確認します。
現在、パート・アルバイトが社会保険(健康保険・厚生年金保険)に加入しなければならない主な要件は、以下の通りです。
特定適用事業所(後述)に勤務
週の所定労働時間が20時間以上
月額賃金が88,000円以上(年収換算で約106万円)
雇用期間が2ヶ月を超える見込み
学生ではない
2026年10月をめどに、このうち「月額賃金88,000円以上」という賃金要件が撤廃されます。撤廃の背景には最低賃金の引き上げがあり、週20時間勤務するだけで月額88,000円を超えてしまうため、賃金要件の実効性が失われたと判断されたためです。
撤廃後は、特定適用事業所において「週20時間以上・2ヶ月超の雇用見込み・学生でない」という要件を満たせば、賃金額にかかわらず社会保険の加入対象となります。
つまり「106万円の壁」は実質的に「週20時間の壁」へと変わります。
●企業規模が小さい会社も、いずれ対象になる
現時点で対象外の企業も、長期的には無関係ではありません。
企業規模要件の引き下げは2027年10月から始まり、段階的に撤廃されていきます。最終的に2035年10月には企業規模の条件がなくなり、会社の規模にかかわらず週20時間以上のパートは社会保険の対象になります。
段階的なスケジュールは以下の通りです。
2026年10月:賃金要件(月額88,000円以上)の撤廃
2027年10月:厚生年金被保険者数が36人以上へ縮小
2029年10月:厚生年金被保険者数が21人以上へ縮小
2032年10月:厚生年金被保険者数が11人以上へ縮小
2035年10月:企業規模要件の撤廃(全企業対象)
今すぐ影響がない企業も、この流れの中にいることは把握しておく必要があります。
※従業員数の数え方に注意
社会保険の適用対象かどうかを判定する「特定適用事業所」の基準となる人数は、全従業員数やアルバイトの頭数ではありません。正しくは「厚生年金保険の被保険者数」、つまりフルタイム勤務者と既存の社会保険加入者の人数で判定します。
たとえばアルバイトを多く抱える飲食店や小売業では、フルタイムの正社員だけをカウントすると人数が大きく変わることがあります。従業員数と厚生年金保険の被保険者数は別物です。自社が特定適用事業所に該当するかどうかは、この点を正確に確認した上で判断してください。
●「106万円の壁」と「130万円の壁」、何が違うのか
この改正を理解する上で、混同されやすい二つの「壁」を整理しておきます。
106万円の壁:特定適用事業所において、勤め先の社会保険(健康保険・厚生年金)に加入するかどうかの基準です。この壁を超えると、勤め先の社会保険に加入し、同時に配偶者の扶養から外れます。なお、この月額88,000円の判定には、通勤手当や割増賃金(残業代)は原則として含まれません。
130万円の壁:勤め先の社会保険の加入要件を満たさない状況で、年収が130万円を超えた場合に配偶者の扶養から外れる基準です。この場合、国民健康保険・国民年金に自分で加入し、保険料を全額自己負担することになります。
なお、130万円の判定には給与収入だけでなく交通費(非課税通勤手当)を含めた総収入が対象となる点に注意が必要です。また、一時的な収入変動の場合は事業主の証明によって扶養を継続できる特例措置もあるため、「130万円を超えたら即座に扶養を外れる」とは一概に言えません。個別の状況については、社会保険労務士などの専門家に確認することをお勧めします。
●ケーススタディで理解する
具体的なケースで考えてみます。
Aさん(夫の扶養に入っているパート勤務・週25時間・時給1,100円・月収約110,000円)
改正前(〜2026年9月)
週25時間・月収約110,000円で働いているAさんは、「週20時間以上」かつ「月額88,000円以上」のどちらも満たすため、社会保険への加入義務が発生します。
扶養内におさめたい場合、これまでは「勤務時間を週20時間未満(例:週16時間・月収約70,000円)に減らす」か「時給や出勤日数を調整して月収88,000円未満にする」必要がありました。
つまり「金額」か「時間」のどちらかを調整することで、社会保険への加入を回避できていました。
改正後(2026年10月〜)
賃金要件が撤廃されるため、「週20時間以上」働いている時点で社会保険への加入義務が発生します。
つまり、たとえ時給やシフトを調整して月収を88,000円未満に抑えたとしても、「週20時間以上」働いている限り、社会保険への加入は避けられなくなります。
●変わったのは「金額の縛り」。残るのは「時間の縛り」
この改正を一言で表すなら、こうなります。
「月収88,000円以上」という金額の縛りがなくなり「週20時間以上」という時間の縛りだけが残る。
これまで求職者は「月収を88,000円未満に抑えれば社会保険に入らなくて済む」と考えてシフトを調整してきました。しかし改正後は、月収がいくらであっても、週20時間以上働いている限り社会保険への加入が必要になります。
採用の現場でこんな質問が増えることが予想されます。
「106万円の壁がなくなったんですよね。じゃあ130万円まで自由に働けますか?」
答えはNOです。
「130万円まで稼げるようになった」ではありません。「金額ではなく、時間で判断される」という構造に変わったということです。
この誤解が採用の現場で広がると、「聞いていた話と違う」というトラブルにつながります。採用担当者自身が正確に理解しておくことが重要です。
●求職者側の行動が、二つに分かれる
この改正によって、求職者の行動は二つの方向に分かれます。
一つ目は「壁を気にせず稼ぎたい」という人が動きやすくなることです。
これまで「月収を88,000円未満に抑えるためにシフトを減らしていた」という人は、賃金要件がなくなることで「どうせ週20時間以上働けば社会保険に入るなら、もっと稼ごう」と考えが変わる可能性があります。より多くのシフトを希望するようになり、戦力として動いてくれる時間が増えるケースが出てきます。
二つ目は「週20時間未満に抑えたい」という人が増えることです。
社会保険に加入したくない、手取りが減るのが嫌だという理由で、週20時間を超えないようにシフトを調整したいという人も出てきます。
同じ改正でも、求職者によって対応が正反対に分かれる可能性があります。採用の際に「どんな働き方を希望しているか」を丁寧に確認することが、これまで以上に重要になります。
●採用設計の見直しポイント
企業の採用側には、具体的にどんな対応が必要でしょうか。
まず求人票の見直しです。「扶養内勤務OK」という表記は、2026年10月以降その意味が変わります。週20時間未満の勤務なのか、20時間以上でも対応可能なのか、正確な条件の記載が求められます。求職者が誤解しないよう、勤務時間と社会保険の関係を明確に伝える工夫が必要です。
次に既存スタッフへの説明です。今すでに働いているパート・アルバイトのスタッフに、この改正がどう影響するかを丁寧に説明することが必要です。「手取りが変わるかもしれない」という不安を放置すると、離職につながるリスクがあります。採用の問題は、既存スタッフの定着とも直結しています。
そしてシフト設計の見直しです。「週20時間」という境界線が、シフト管理においてこれまで以上に重要な基準になります。社会保険に加入させる場合・させない場合、それぞれのシフト上限を明確にしておく必要があります。
●この改正を「リスク」として見るか「機会」として見るか
社会保険料の企業負担が増えるという側面から、この改正を「コスト増のリスク」として捉える見方があります。それは事実の一側面です。
ただ採用設計の視点から見ると、別の見方もできます。
「週20時間以上働くなら、もっと稼ごう」と考える求職者が増えることで、これまでシフトを抑えていた人材が戦力として動いてくれる機会が生まれます。また、社会保険に加入できることで「この会社でちゃんと働きたい」というエンゲージメントが高まり、定着率の向上につながるケースもあります。
改正を機に採用の設計を見直す企業と、変化に対応しないまま採用を続ける企業の差は、今後じわじわと広がっていく可能性があります。
●最後に一点だけ
この記事は、採用設計への影響という観点から情報を整理したものです。
社会保険の具体的な適用判断・保険料の計算・就業規則の改定など、個別の実務対応については、社会保険労務士・税理士などの専門家にご確認ください。
法改正の細部は今後も更新される可能性がありますので、厚生労働省の公式情報(https://www.mhlw.go.jp)も併せてご参照ください。
株式会社Katawaraは、「採用で、経営を変える」をテーマに採用支援を行っています。
パート・アルバイト採用の設計見直し・求人票の改定・求職者への説明設計など、法改正を機に採用の仕組みを整え直すことも、私たちの支援の一つです。お気軽にご相談ください。
